1977年に女子医大から帝京大学大学院教授として薬理学講座に移った私は、すぐに1期生、2期生の学位の研究指導にあけくれました。そこから本学の学生の特色を知ることになりました。おっとりと自信がなさそうでいて理屈が分かると我慢強く必要なことをやりとおす、例えばたった2年余しか残らぬ大学院生活(急に私の指導下に移って)で、絶対に1回は自分で論文を書き上げるべしとの私のキツイ教育方針を守って薬理学会誌のレフェリーからおほめを頂いた論文作成をして留年せず学位取得した者。その後も20数名の学位取得者を育ててみて能力を引き出す教育の楽しさを改めて感じたのです。彼らの中には研究テーマからシンポジストに選ばれた者もおり、また、多くはトップオーサーとして国際会議で発表しています。そして当時の大学院生・教室員との研究が「化学物質の継世代的影響」として国際的にも知られている薬物等の安全性評価につながる教室の研究プロジェクトとなったのです。この研究プロジェクトは近年ますます注目をあぴ、CINP(神経精神薬理学の国際連合)が数年ごとに発行するCINPHis‐tory1980s
l990s(Vol.4)にこの年代を中心に現在までの活動の歴史を記す1人として選ばれたばかりです。毎回会員の中から選ばれるメンバーは50〜60名であり、日本人は1〜2名です。在任23年間教育・医療の改変にたずさわりながら実に多くの学生さん、今は卒業生、と接してきました。同窓会設立・同窓会詰発行を心から喜んでいます。この3月卒生を入れ2920名の卒業生の皆さん、母校は1つであることを忘れずに多くの先生方、特に臨床の先生方と接触して下さい。ますますスピードアップして進歩する科学を応用しつつ医療に関わり医師を育成する大学の存在を大きくするには改善点が多々あります。本学で教育をうけ、今や地域医療の中心となって活躍している卒業生が大勢おられ、本学で過ごした年代により本学に対する気持ちが大きく異なるのは十分理解してまいりました。しかし大学も前向きに大きく変りつつある時代でもあることを認識してほしいのです。同窓会は許可されないとの話を耳にしていましたが、医学部長3年目頃、冲 永荘一総長に2000名からの卒業生の大部分が何科を専門とし、どこで活躍しているのかを把握する事は医療連携にも必要であるから住所と専門などを調査したいと申し出たところ、連絡用の費用は大学が出すからとの返事を頂き教援会でも話をしました。住所と現況を知るといっても基になる資料がないため内科、外科、整形外科など医局の同門会の名簿から集めだしました。寺本教授から内科は660名以上の同門がいるといわれ、いまさらながら30年近い年月を痛感したのです。一方で、森教授の強い推進力により主に産婦人科に関違をもつ卒業生が連絡係の労をとり前内科講師であった合地研吾先生を会長として帝京大学医学部東京医会が発足し、やがて全国を纏めた同窓会が正式発足して平成14年ll月16日に総会が開催されたのはご存知の通りです。会の評価はその活動ぶりにかかります。開業されている多くの卒業生は地域医療との関連の密な地域の医師会とも疎遠にならずに大学をどのように支えるか、大学に何を望むか、折に触れての話し合い、規約づくり、学内と学外の役員選任等々。義務化した研修医制度では卒業生がもつ地域の小さい病院でも特色ある専門教育ができれば研修医を受け入れられるようになるでしょう。開業を目指す医師のためには大学病院での研修とは異なった利点もあります。国立系ですでに始まっている教授・助教授・講師・助手の任期制導入、本学も講師以下は出身校に関係なく3年任期制で再評価されるようにしてありますが、これを公平にすべき問題点が残されています。これからは勤務医がますます増加すると予測されていますから、人間性と能力・行動力とで挑戦する領域が増えると考えます。国も大きく行政改革の時代に発足した本会は、古さを引きずった同窓会にない良き会となる可能性大です。
名誉教授・元医学部長 藤井儔子
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