この度は、帝京大学医学部同窓会にお招きいただきまして、誠にありがとうございました。帝京大学医学部の同窓会が新たな出発を遂げられたとお伺いいたしまして、我々といたしましても、非常に心強く思っておる次第でございます。近頃帝京にかかわる、悪いニュースが世の中を賑わしておりますが、これに関しましては経営陣一丸となって努力いたしまして、解決に向けて邁進してゆきたいと考えておりますし、皆様に続く医療を担う人間を輩出する機関であり続けるということを、この場でお誓い申し上げたいと思う次第でございます。さて、昨今世の中の景気も悪くなり、暗いニュースがある中で、この医療に聞しましても、なかなか厳しい時代を迎えているということを伺う次第でございます。私は医療の専門家ではないので、人からいろいろ聞く中で得た知識ではありますが、大学病院にしろ、一般病院にしろ、開業されている先生方にしろ、なかなか今までのような形では医療に携わっていくのが難しくなっているということでございますので、帝京大学医学部の同窓会がこういう出発をする新たな機会に乗るというわけではございませんが、卒業生と我々大学とのよりスマートな関係をこれから築いてゆかなければ、大学としてもそうですけれど、日本の医療を支えてゆく力に我々がなっていくべきでしょうから、大きな力は生み出せないことは確かなことだと思います。ですから、将来的によりスマートな、卒業生と大学との間のコラボレーション(協力)を築いてゆければと思っておりますし、わたくし、就任する前にいろいろと、同窓会と大学との関係について伺う中で、「あまりにも厳しいことをしてきたな」と正直思うところもございますので、これからはよりスマートな関係をぜひ築いてゆければと思う次第です。
話は私事になってしまいますが、私は高校時代、両親が医者でありますので『是非医者になってくれ』とよく言われたのですが、結局医者にならずに現在に至りまして、それと申しますのは、両親の姿を見ていますと、私が小さい頃から学校の運営を中心に動いていたということもございまして、医療者としての姿は実は見たことがあまり無かったからであります。ですから、医者に対する思い入れが薄かったということと、私自身のバックグラウンドは機械工学なのですが、機械をいじっているほうが人をいじる仕事より好きという言い方はおかしいですが、医療より好きだったということと、実は機械をいじっていると生き物のすばらしさが、逆にものすごくよく見えてきてしまったからであります。命の領域は私の手には絶対に負えないものだと。命に対する尊敬の気持ちがあまりにも強かったのかもしれませんが、私がタッチする領域ではないと思ったわけで……別の道、エンジニアという道を選んだわけでございます。そういったことから、とりわけ命に対する思い入れというのが非常に強いわけなのですね。『人を助ける』ということ、これは非常にすばらしいことたと思います。ですけれども私自身の頭の中では、『人を助ける行為そのもの』は、その人が生きてきた人生とか「カルマ業」みたいなものを……それを全て背負うくらいの意気込みで対応していかないと『それは絶対うそだな』と思っているわけであります。振り返って見ますと、それだけのことをする勇気が、とてもではないけれど、当時は無いと思ったので、別の道を歩んだ次第でございます。ですから、医療に従事している先生方に対しましては、非常に尊敬の念を抱いておりまして、ここにいらっしやる皆様方は、そういう心を持って医師という道を選ばれたのでしょうから、この力を世の中に還元しない手はないわけでございまして、その過程において、我々ども学校法人帝京大学が少なからずお力になれればと思っているわけでございます。最後になりますが、皆様方のこれからのご健勝をお祈りしつつ、我々と卒業生の皆様とよい関係を築いてゆきたいという私の希望を申し上げまして、簡単ではございますが、ご挨拶とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。
学校法人帝京大学理事長・学長 冲永佳史
口述筆記 文責 加藤音羽 |